私、ルターの英語にまつわる四大事件をご紹介します。
1)「犬が好きです事件」
2)「ドゥ・ユ・ノウ・ノウ事件」
3)「アグレアーブル(agréable)事件」
4)「ヴァン・ゴウ(Van Gogh)事件」
最後に、おまけのエピソードです。
1)「名詞の使い方」のヒントを得た「犬が好きです事件」
大学1年生だったときのエピソード。
ルター式英文法の要になる「名詞の使い方」を考えるきかっけになった事件です。
塾で中学1年生を教えていたある日、一緒に働いている恩師と「『犬が好き』と英語で何というか?」というささいなことで議論になった。恩師の主張は以下である。
「I like a dog.と絶対に言わないということはないのだから、
I like dogs.とI like a dog. のどちらを言ってもかまわないではないか。」
「I like dogs.だと思うけど…」と、私はこの主張には不満だったが、その時点では「理論武装」できておらず、弁の立つ恩師には勝てず、泣き寝入りした(悲しい!)。この議論が今の私を作ったと言っても過言ではない。そして30歳を過ぎた頃、私を助けてくれたのは、レトリック研究で有名な佐藤信夫さんと仲良しの記号学者ロラン・バルトくんとソシュールくんだった。ありがとう、みなさん!
●教訓:1つ上の枠を見据えて2文比較をする。冠詞なら、形容詞someとの関係も同時に学ぶ。
ソシュールの「統合と連合」で無冠詞を解明!
ソシュールの「統合と連合」の概念をあらわした「古代建築の柱」のたとえをご紹介します。
「ひとつひとつの言語単位は、古代建築の柱のようなものだ。柱は建築物の他の部分、たとえば台輪などと実際に隣り合っている関係にある(統合関係)。しかし、もしこの柱がドリア様式のものだとすれば、それはわれわれの頭の中に、他の建築様式、イオニア式やコリント式との比較を呼び起こす。これが潜在的な置換関係(連合関係)である。」
ロラン・バルト著、渡辺淳・沢村 昂一訳『零度のエクリチュール 付・記号学の原理』みすず書房(1971)
紙数が限られていますからワープしてしまいますが、これが大ヒントになったのです。
❶ 無冠詞は「対比」、説明文向き
(バナナやモモではなく)「リンゴが好き」のように「種類の違い」を対比的に説明する場合【無冠詞】を使います。
①数えられる名詞[数を数える場合]は複数形
②数えられない名詞[量で量る場合]は単数形
適用:Give me water.と無冠詞で言うと「(他のものではなく)水をくれ」と強く聞き手には聞こえます。そこで話し手は someをつけて Give me some water.として話題のものだけに言及します。
「対比を避けるsome」よ、くじけず頑張れ!
❷ a / an / someは「対比を避ける」、物語文向き
(a)対比を防ぐ【a/an+単数形 some+複数形】
(a) 1. I’ve just bought an apple.(1個)
2. I’ve just bought some apples.(2個以上数個)
(バナナやモモではなく)「リンゴを買った」と対比したいなら別ですが、ふつうに「リンゴを買った」と語りたい場合、並列関係にある他のメンバー[リンゴの場合は他の果物であるバナナやモモ]を連想させない言い方として【a/an/some】をつけます。
I like a dog. が文として不自然なのは、I like a dog named Lucky.(ラッキーと名づけられた犬が好き)のように「どんな a dog か」を具体的に物語る語句が抜けていたからなのです。
(b)量を示す【some+単数形】
(b) I had some watermelon(ある程度の量)for dessert.
「スイカを食べた」と言っても、まるまる一個、 a watermelonを食べる人は少ないのでは? まるまる1個食べたと言いたいなら別ですが「(切ってある)スイカを食べた」とふつうに言いたい場合、1切れでも2切れでも関係なく「量」を漠然とはかる言い方として簡便に some watermelonと言います。
参考文献:ロラン・バルト『零度のエクリチュール』所収「記号学の原理」みすず書房 1971
マーク・ピーターセン『日本人の英語』岩波新書
2)「ドゥ・ユ・ノウ・ノウ 事件」から学んだ英語世界のattitude(態度)
高校2年生だったときのエピソード。ルターの鉄板ネタです。
高校2年生だった私はある日、東京都主催の日米政府交換研修(ホームスティと米国の学生との交流)の試験を受けに出かけた。会場で筆記試験のあと、集団面接があり、3人の面接官の先生を前に、私を含め8人の生徒が坐った。
面接官が「『能』を知っていますか?」と尋ねた。この研修の目的の1つは日本文化をアメリカに紹介するというものだったので、当然の質問であった。その当時、私は「能」と「狂言」は違うぐらいは分かっていたが、どんな演目があるか詳しく知らなかったので、ここで「知っている」と答えてはいけないと判断し、「いいえ(知りません)」とはっきり答えることにした。
面接官: Do you know noh? 「『能』を知っていますか?」
私: No. 「ノウ(知りません)」
面接官: No? 「ノウ?」
私: No! 「ノウ!」
面接官: Noh? 「能?」
私: No, I don’t. 「いいえ、知りません!」
この押し問答で、面接会場は大爆笑、結果は不合格だったことは言うまでもない。
●教訓:英語の基本的なattitude〈態度)は「肯定的」かつ「2文構成」である。
これは No, I don’t. と最初から答えておけばよかった、という単純な問題ではなく、
「否定的」かつ「1文構成」の日本人らしい反応を取ってしまった内気な都立高校生の悲劇である。
そんなことを考えさせてくれた「ドゥ・ユ・ノウ・ノウ事件」であった。
英語 | 「2文構成」「行間が狭い」「対話(ダイアログ)」 |
短所 | 強迫観念が強く「こうだから、こうなんだ」と 理由を説明しすぎて世知辛くなる。 →「ことわざ」「名言・名句」を引用し、説明しすぎないようにしている。 |
長所 | 「とりつく島がない」ということを避けている。 つまり、聞き手が話題をつなげるのに必要な情報を 常に用意している親切な人たちである。 |
日本語 | 「1文構成」「行間が広い」「独白(モノローグ)」 |
短所 | 俳句のように少ない語数で言おうとする傾向。 相手に対し自分の気持ちを察するように要求する「甘えの構造」。 異文化理解を促し、相手に歩み寄るための「場の設定」 「自己表現」「プレゼン(presentation)」が下手。 |
長所 | 水墨画のように空白を残し、空間を埋め尽くさず「間(ま)を取る」、 そして「間(ま)に耐える」、おっとりしたアジア的な感性。 「それを言っちゃあ、おしまいよ」という フーテンの寅さんの決めゼリフに見られるような「言わないで済ます」のをよしとする感性。 「いわずもがな」「言わぬが花」「秘すれば花」という美意識。 |
3)態度(attitude)の育成と教材の整備の必要性を痛感した「アグレアーブル(agréable)事件」
大学3年生の夏休み、フランスのクレルモンフェランでホームステイを3週間した。
大学生のサンドリーヌの家族は皆やさしかったがフランス語では苦労した。彼らの親戚と一緒に湖に行ったときのこと。家族は私の語学力を察してくれていたが、親戚のおばさんは何も知らないので、晴れ晴れとした自然のなか、湖を目の前にして「アグレアーブル(agréable)」と気さくに私に話しかけてきた。
そこで私は「アグレアーブル? アグレアーブル(agréable)とは英語でagreeableということだ。
うーん、agree(同意)+able(できる)とは、どういう意味だろう?」とその場で考え始めてしまった。きっとそのときの私の顔はしかめっ面になっていたのではなかろうか。
そしておばさんは怪訝そうな顔をしてその場を去った。
夕方、家に戻って辞書を引いてビックリ。
「調和感」があって「いい感じ」なのが アグレアーブル(agréable)だったのだ。
晴れた空、湖。「すてきね」と声をかけたのにしかめっ面の日本人。おばさん、すみません。
当時の私には以下の態度が欠落しておりました。
わからなければ Pardon? と言って、聞き返す、
あるいは Agreeable? What does the word mean? と言って、語の意味を確認したり、
Sorry, I don’t understand the word ‘agreeable’. と言って、自分が何が分からず、どこまで分かっているかを相手に示したりする態度が。
そして言葉は分からずとも楽しそうに対応したり、
相手の態度に感応するという人間としての基本的な態度が…。(考えすぎてはダメなんですね。)
◆教訓:言葉の学習とともに「態度」(attitude)も学習する必要がある。
◆教訓:教材の整備が必要。
自己反省以前の問題として、
英語圏で日常的に使われている語彙、
gathering(集まり)
outing(お出かけ、遠足)
など、よく使われている語彙に教科書で出会わないのは教科書会社の思い込みにあると感じた。
この事件を契機に教材の在り方を考えることになった。
4)英語文化を知らないと英語が通じないと痛感した「ヴァン・ゴウ(Van Gogh)事件」
大学3年生の夏休み、フランスのクレルモンフェランでホームステイを3週間した。大学生のサンドリーヌにジャポニズムについて知っているかと訊きたくなって「ゴッホ」と言ってみた。しかしフランス人の彼女は「?」。「うーむ、おかしい」と思いつつ、ゴッホを連呼。「Ah」と気づいてくれて、「Van Gogh」と言われた。そうなのだ、「ヴァン・ゴウ」だったのだ。ショックだったよ。
大学3年生の夏休み、フランスのクレルモンフェランでホームステイを3週間した。大学生のサンドリーヌにジャポニズムについて知っているかと訊きたくなって「ゴッホ」と言ってみた。しかしフランス人の彼女は「?」。「うーむ、おかしい」と思いつつ、ゴッホを連呼。「Ah」と気づいてくれて、「Van Gogh」と言われた。そうなのだ、「ヴァン・ゴウ」だったのだ。ショックだったよ。
ルターの感想:21世紀の今は、スマートフォンなどの携帯機器を持っており、すぐその場で「ググって」(=Googleで検索して)、Wikipediaを調べることも出来る。
当時と2023年の今では隔世の感がある。
◆教訓:言葉の学習とともに「文化」(culture)も学習する。
おまけ)英文法のルターさんは核心のところを話そうとして、どうしても周辺や大きな枠組みから話そうとすることがあるんです。
ルターの教え方・話し方の特徴がよくわかるエピソードです。
2011年02月06日 ルター、学校へ行く(私立高の6年目+相談員2年目その46):中1のNくん
中1のNくんに先日は爆笑されてしまった。
「名詞って何ですか?」というので、教科書の後ろの語彙のページを見せて、品詞を紹介した。
そのとき、「前置詞というのは…」と言って、on / off、in / out、up / downと書いて、
「on / offは、電気に書いてあるよね。くっついて/離れて、という意味で、副詞です」と、話したところ、Nくんは笑い出した。Nくんは私が前置詞の話をしようとしたのに、副詞について話し出したことがおかしいと気づいたので、笑ってしまったのだ。
「私は核心のところを話そうとして、どうしても周辺や大きな枠組みから話そうとすることがあるんです。on / offなどを先に伝えた方がわかりやすいかなと思って。offは副詞でof, out of, fromが前置詞としてよく使うんだけど…。かえってわかりにくくなってしまったかな?」と言うと、Nくんは真面目な顔になって「…、なんで、僕、笑っちゃったのかな…」と、真剣に受け止めてくれた。
本当に賢いNくん。すくすくと育ってほしい。
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