
英語力低下の元凶は「聞く話す」偏重でしょうか?
2024年のEF English Proficiency Index(EF EPI)によると、日本は英語を母国語としない116の国・地域の中で92位です。過去最低の順位です。2015年以降ずっと「低い(Low)」に分類され、2021年からは急落しています。私は思うのです。近年「聞く話す」を重視してきた英語教育が、この結果を招いた元凶ではないかと。
2011年に書いたブログを再読し、現在の視点で再編してみました。私は、英語教育は「読み書き中心」で文法体系をしっかりと教え、古典や物語を取り上げるべきだと信じています。それが愚民化教育を防ぐ道でもあると思うのです。一緒に考えてみませんか?
GHQの陰謀か、意外な贈り物か
英語教育には、「聞く話す」を重視する派と「読み書き」を重視する派が対立していますね。2011年2月23日、新英研メーリングリストでOさんがこんな話題を紹介していました。読売テレビの番組で、デーブ・スペクターさんが「GHQ陰謀説」を語っていたそうです。
その説とは、GHQが日本人の高い漢字識字率に驚き、「日本人に英語を教えたら、すぐに覚えて自信をつけてしまう」と恐れて、わざと「読み書き中心」にしたというものです。番組では「だから読み書き中心は良くない」という結論になっていたようで、観ている人は「今は聞く話す中心になって良かった」と思うのでしょうね。
でも、少し立ち止まって考えてみてください。仮にGHQの陰謀だったとしても、それが意外と良い結果をもたらすこともあるのではないでしょうか。
GHQの3S政策(スクリーン・スポーツ・セックスで大衆を政治から遠ざける愚民化策)だってそうです。映画を持ち込んだら『サウンド・オブ・ミュージック』を観て平和を願う日本人が増え、野球を広めたらイチローさんや大谷翔平さんのような日本人の名選手が生まれました。
同じように、英語教育を「読み書き中心」にしたことで、O・ヘンリーの『最後の一葉』やテニスンの『イノック・アーデン』を中高生が読み、人を思い遣る心が育ったのです。愚民化どころか民度が上がってしまった。私は、かつての「読み書き中心」の方が英語力を高めていたと思うのです。
古典と文法が育む本物の英語力
私の実感ですが、昔の英語教育には良いところがありました。
敗戦直後は「カムカム英語」のような話し言葉を広めつつも、ノートに本文を書いて和訳する「訳読方式」が主流でした。
共通一次世代(1965年生まれまで)は、駿台予備校の奥井潔先生のような名物先生が英米の名文を丁寧に教えてくださっていました。教室の授業でネイティブのALTはいませんでしたが、読み書きでしっかりと鍛えていたのです。
ところが、1966年丙午生まれあたりから劣化が始まります。1981年に中学の英語が週4時間から3時間に減り、高校ではサイドリーダー(副読本)やグラマー(文法)の時間がなくなりました。私が通った小中高では、兄や姉が受けていた教育と比べて明らかに質が落ちていました。かろうじて江川泰一郎先生の文法書で学べたのが救いでした。
その結果がこれです。EF EPI 92位。昔の学生の方が、読み書きの訓練を通じて読解力、文法力、語彙力、そして和訳する日本語力まで高かったと思います。内田樹さんがおっしゃるように、「オーラル中心の語学教育は愚民をつくる」。植民地なら会話だけ教えて古典や文法は教えないのが戦略ですが、今の日本がまさにそうではないでしょうか。
明治以来、「読み書き中心」で欧米に追いついてきた日本が、1990年代「聞く話す」に大きくシフトして劣位に甘んじているのです。内田樹さんの言う「砂場の英語」をペラペラ喋るだけではダメです。本物の英語力は、古典と文法から育まれるものだと私は信じています。
年 | ランキング | 参加国・地域数 | 英語能力レベル |
---|---|---|---|
2011 | 14位 | 44 | 中程度(Moderate) |
2012 | 26位 | 54 | 中程度(Moderate) |
2013 | 22位 | 60 | 中程度(Moderate) |
2014 | 26位 | 63 | 中程度(Moderate) |
2015 | 30位 | 70 | 低い(Low) |
2016 | 35位 | 72 | 低い(Low) |
2017 | 37位 | 80 | 低い(Low) |
2018 | 49位 | 88 | 低い(Low) |
2019 | 53位 | 100 | 低い(Low) |
2020 | 55位 | 100 | 低い(Low) |
2021 | 78位 | 112 | 低い(Low) |
2022 | 80位 | 111 | 低い(Low) |
2023 | 87位 | 113 | 低い(Low) |
2024 | 92位 | 116 | 低い(Low) |
傾向: 年々参加国数が増加する中で、日本の順位は徐々に低下。特に2020年以降は急落が顕著です。
英語能力レベル: 2015年以降、日本は「低い(Low)」に分類され続けています。
●リンガ・フランカのすすめ 「内田樹の研究室」
植民地ではオーラル中心の語学教育を行い、読み書きには副次的な重要性しか与えない。
これは伝統的な帝国主義の言語戦略である。
理由は明らかで、うっかり子どもたちに宗主国の言語の文法規則や古典の鑑賞や、修辞法を教えてしまうと、知的資質にめぐまれた子どもたちは、いずれ植民地支配者たちがむずかしくて理解できない書物を読むようになり、彼らが読んだこともない古典の教養を披歴するようになるからである。
植民地人を便利に使役するためには宗主国の言語が理解できなくては困る。
けれども、宗主国民を知的に凌駕する人間が出てきてはもっと困る。
「文法を教えない。古典を読ませない」というのが、その要請が導く実践的結論である。
教えるのは、「会話」だけ、トピックは「現代の世俗のできごと」だけ。
それが「植民地からの収奪を最大化するための言語教育戦略」の基本である。
「会話」に限定されている限り、母語話者は好きなときに相手の話を遮って「ちちち」と指を揺らし、発音の誤りを訂正し、相手の「知的劣位」を思い知らせることができる。
「現代の世俗のできごと」にトピックを限定している限り(政治経済のような「浮世の話」や、流行の音楽や映画やスポーツやテレビ番組について語っている限り)、植民地人がどれほどトリヴィアルな知識を披歴しようと、宗主国の人間は知的威圧感を感じることがない。
しかし、どれほどたどたどしくても、自分たちが(名前を知っているだけで)読んだこともない自国の古典を原語で読み、それについてコメントできる外国人の出現にはつよい不快感を覚える。日本の語学教育が明治以来読み書き中心であったのは、「欧米にキャッチアップ」するという国家的要請があったからである。
「内田樹の研究室」http://blog.tatsuru.com/2010/05/12_1857.php
戦後、オーラル中心に変わったのは、「戦勝国アメリカに対して構造的に劣位にあること」が敗戦国民に求められたからである。
●砂場の英語と『太陽の涙』 「内田樹の研究室」
「内田樹の研究室」2004年04月27日 http://blog.tatsuru.com/archives/000089.php
外国で暮らしたり、インターナショナルスクールに入れたりして、英語話者のあいだに置かれると、子どもは仲間や先生とすぐに「ぺらぺら」話すようになる。
それを見て「ネイティヴのような発音だ」と親は喜ぶが、これはしょせん「砂場の英語」に過ぎない。
「砂場の英語」から「教室の英語」のあいだには乗り越えることの困難な段差がある。
文法も古典もあり!私の授業改革案
では、どうすれば良いのか。私が考える提案をお伝えします。
提案① 文法をグループ化して全体像を
文法を教科書でバラバラに教えるから頭に入りにくいのです。例えば、指示代名詞を考えてみてください。
- this/that/these/those:「これ」「あれ」
- +名詞:this shirt, those shoes
- +one(s):this one, these ones
- +形容詞+one(s):this blue one, some bigger ones
このように「グループ化」して全体像を示せば、繋がりが理解できるでしょう。
some/any/no や数えられない名詞(some water, a glass of water)も同じです。
文法は体系的に教えるべきだと考えます。
提案② 過去の物語・古典を復活
今の教科書は会話文とマニュアルのような説明文ばかりです。教養にはなりません。昔の都立高校では、サイドリーダー(副読本)で『英米名文選』『英米名詩選』を学び、原仙作[はら せんさく]さんの『英文標準問題精講』に載っているような、バートランド・ラッセルの『幸福論』の抜粋を読んでいました。1990年代の有名私立校ではオーウェルの『動物農場』を扱っていました。
を授業で読めば、心が豊かになり、教養も英語力もつきます。過去の教材を見直して、もう一度取り上げてみませんか。
提案③ 文化と態度を教える
日本では話す機会が少ないので、「読み書き:話す聞く=7:3」で良いと私は考えます。その中で文化(culture)と態度(attitude)を教える必要があるでしょう。
- 文化:キリスト教、ギリシャ・ローマ神話、シェイクスピア、ことわざ、詩歌、マザーグース、ライム(rhyme)、修辞学(レトリック)は必須でしょう。言葉の背景を知らなければ、理解したとは言えません。
- 態度:Pardon?と問い返す、Could I have this one?で丁寧に頼む、Why did you come to Japan?だと「あなた、日本になんで来たんですか?」のように否定的に聞こえるので What brought you to Japan?にする、などです。「スピーチレベルを考慮した発話をすること」も含みます。
マニュアルを読んで教養がつきますか? 難しいでしょう。漢文だって白文は読めなくても、書き下し文で杜甫や李白を味わえば教養になります。それと同じです。

※2023/02/11「滋賀の教育の集い」で
藤原和彦さんが「Why?だと否定的に聞こえてしまうのに中学校教科書では会話文でWhy?を連発している。訂正すべきだ。」と指摘されていたのを聞いて、ナルホドと思いました。
素晴らしいご指摘です。
以下のように、否定的なニュアンスとそれを避ける方法があります。
●Why ~ you ~?「なぜあなたは~?」
(なんであなたは~するのか! と非難)
→ What? で無生物主語にして言い換え
●Are you going to ~?「~するつもりですか」
(するつもり? やめてくれよ!と非難)
→現在進行形「(これから)~するんだ」で言い換え
●Since when?「いつから?」
(いつから~するようになったのか!という非難)
→ふつうにHow long?にする
こういうことを伝えることが本当の話し言葉の指導だとルターは思っています。
提案③ 英語独特のスタイル(文体)
英語独特のスタイル(文体)としては、「2文構成」「述べる順番」「段落構成」「談話文法」があります。
●「英語は2文構成を好む」(ルターの言い方では『行間が狭い』)ので、
This is a present for you. I hope you’ll like it.
「プレゼントです。気に入ってもらえるといいんだけど。」
●英語では、述べる順番は「結論が先、詳細が後」だから、
I like dogs. They are cute.
「私は犬が好きです。 かわいいし。」の順番で言うのが良く、
「かわいいので、犬が好き。」という日本語を英語にする場合に、
日本語に合わせてBecause で始めるのではなく、英語らしく「結論が先、詳細が後」で、
I like dogs because they are cute. にする(DeepL翻訳でもそうなります)。
●「段落構成」はいわゆるパラグラフライティングです。
日本語の感覚で書かれた「天声人語」のような文体とは異なります。
●「談話文法」は、日本語の「てにをは」に相応する「冠詞、形容詞(some)名詞(単数形・複数形)の使い方」、または「句と節の選び方」などをルターは想定しています。
物語と文法で心を磨く教育を
私は、「読み書き中心」で文法と古典を重視する英語教育が、日本人の英語力と心を育てると信じています。英詩を読んで「英語って美しいな」と感じたり、O・ヘンリーの『20年後』『最後の一葉[ひとは]』を読んで「大どんでん返し」にビックリしたり、テニスン『イノック・アーデン』、ジョージ・エリオット『サイラス・マーナー』を読んで、様々な愛の形を知ってほしいのです。
みなさんはどう思いますか? こうした英詩・物語・古典を授業に取り戻して、英語教育の未来を一緒に考えていきませんか。

以上は、2011.02.23のブログ記事 「読み書き中心で文法と古典を取り上げていきたい」に大幅加筆して、2025/04/02 Grokと相談しながら再構成しました。
コメント
初めまして。兵庫県の藤原和彦です。以前、滋賀の教育のつどいで発表したものを取り上げていただき、ありがとうございます。昨日、初めてこのHPを見て、気づきました。お礼が遅れて、申し訳ありません。とても嬉しかったです。私は現在関西で3つの大学を掛け持ちして、非常勤講師として一般教養の英語を教えています。以前は姫路で中学校の英語教員を27年間やっていました。HPの内容は、私の専門である、英語教育、英文法に関するもので、とても興味を持ちました。機会があれば、神奈川で発表させていただく機会をいただければと思います。よろしくお願いします。
藤原さん、お返事遅くなって失礼いたしました。
コメントありがとうございました。
お断りせずに引用させていただいて、失礼いたしました。大丈夫でしたでしょうか?
レポーターにつきましては事務局に報告して、検討させていただきます。
現在はZoomでの開催になっていますので、まず様子見でご参加いただけたら幸いです。
次回10/19は3つの支部の合同例会です。その次は12/15です。
神奈川支部HPでご確認いただき、ぜひご参加下さい。
https://plaza.rakuten.co.jp/shineikenkngw/