#英語教師のバトン② 黒川泰男先生の英文法を受け継いで

ルターさん
ルターさん

みなさん、こんにちは。英文法のルターさんです。
今日のテーマは「黒川泰男やすお先生の英文法を受け継いで」です。

黒川泰男先生

黒川泰男先生のプロフィール
1927年東京生まれ。東京外事専門学校(現東京外国語大学)ロシヤ科卒。
名古屋大学文学部英米文学科卒。日本福祉大学・大阪電気通信大学教授を歴任。
専攻は英語教育・英文法研究

先生は「雑誌に書きなさい」「早く本にしなさい」「文法は任せたよ」と文法好きな私を励まし、視点を認めてくださったので、どれだけ励まされたことでしょうか。
東京でお会いしたときにはお茶の水の丸善で待ち合わせし、近くでランチを食べた後、ロシア語の本を扱う書店『ナウカ』(https://www.naukajapan.jp/aboutnauka.html)を案内してくださったり、三友社出版の平田さんや東京の柏村みね子先生に引き合わせてくださったり、先生の著書を貸してくださったり、2004年には段ボール2箱分の蔵書(その中にはQuirkの本も入っています)を譲ってくださったり…、どれだけ視野が広がったことでしょう。これからは魂となって私を見守ってくださると確信すると同時に、今までは私がサボっていても「あなたはよく勉強している」と言ってくださっていたのですが、魂となられた今では先生に「勉強した振り」が通用しないので、嘆かれたり呆れられたりしないようにしたいと思っています。

黒川先生は2006年8月31日 79歳で亡くなられた

2006年8月31日の朝、朝食を終えたあとのテーブルの上のガラス皿が何も力を加えないのに2つに割れた夜、黒川先生が79歳で亡くなられたことを新英研のメーリングリストで知りました。
8月初旬にあった愛知県蒲郡・西浦温泉の新英研全国大会でお目にかかったとき、車椅子で奥様とご一緒に参加されていましたが、以前の先生のお顔とは違っていて、最初お見かけしたときは驚きました。他の先生方も同じ思いだったようで、みなさん代わる代わる挨拶にいらっしゃっていました。
私の隣に座られ、先生は文法分科会に2日間参加されました。一緒にお茶を飲んだり、先生がお持ちになった冠詞の本を見せていただいたりしたことが思い出されます。2日目にはお声も少し出るようになって調子を取り戻されたご様子でホッとしていたのですが、最後にお話ししたのは8月11日の先生からのお電話でした。「東京でお会いしましょう」とおっしゃっていたことがかないませんでした。

ルターと先生

先生とお話させていただくようになったのは2001年

新英研全国大会が先生のご自宅の近くの大津で開かれたとき、「君は買っていないでしょう…」(すばらしい洞察力!)、「いいよ、あげるよ」とおっしゃって、その年に書かれた『ある英語教師 エッセイ・ライティングの試み』(三友社出版、2001年)を私に下さいました。そのとき神奈川支部の先生方数名がその場にいて、「和田さんは黒川先生のお弟子さんですね」と皆に言われたときから、先生と親しくさせていただくようになりました。

「英文法研究はあなたに任せたよ」

先生は「英文法研究はあなたに任せたよ。僕はエッセーを書く」とおっしゃって、コスタリカ、フィンランド、ベトナムなど9カ国を歴訪、奥様の描かれた美しい挿絵の入った『世界ふたり旅』(三友社出版)を上梓され、英文法から距離をおかれていましたが、亡くなられる1ヶ月前の新英研全国大会では英文法研究への変わらぬ情熱を私たちに示してくださいました。

黒川先生から受け継いでいきたいこと3つ

ことばとリズム

「春の苑 紅におう 桃の花 下照(したで)る道に 出て立つ乙女(家持)」のような可憐な歌を先生は好まれ、この歌を暗唱なさっていました。万葉集を愛読されていた先生は、いくつか諳んじて日本語のリズムを整えたあとに原稿などを書く、とおっしゃっていました。
声に出して読む、ということを英語だけでなく日本語でも先生がなさったように倣っていきたいです。

ライティング+自己研修

かつてブリティッシュ・カウンシルのアカデミックライティング・コースでネイティブの添削指導を受け、進んで研修された先生は「新英研では自己表現と言うが、まず教師自身が書けなければならない」とおっしゃって、実践されていました。「あなたも通うといいですよ」と勧めてくださいました。
私も2006年に通いました。つねに学徒でありつづけた先生の姿勢を見習っていきたいと思います。

ロマンチシズム

先生から譲っていただいた本のなかにはジョージ・エリオット『サイラス・マーナー(Silas Marner)』の簡易版、また友情や愛に関する絵本や名言集があります。
心に残る詩やことば、物語を授業で取り上げたいと思っています。

黒川先生の観点(●印)、ルターの理解・提案(★印)

本稿では
『英文法再発見(上/下)』(三友社出版)
『英文法の基礎研究』(三友社出版)などの研究書を著わされた先生の観点(●印)を
私がどう受け止め、提案したいか(★印)を記します。

●価値体系としての文法は「詩と散文の間」にある

買い物英語ではなく「美しい英詩」、身辺雑事に関する対話文ではなく「心に残る物語」を先生は重視されている(雑誌『新英語教育』1998年5月号)。
そして「文法は数式のように没価値(価値や感動を伴う文学とは異なる)」という主張に対して、あくまでも「短い文法教材であっても深い意味を持ち、できれば感動を誘うものでなければならない
詩と散文のあいだを縫っていくような英文法を」とお考えでした(雑誌『新英語教育』1998年7月号)。先生は昨年の文法分科会で、チェーホフ『犬を連れた奥さん』の一節をロシア語で暗唱、「連続するアの音が美しい」と指摘されていましたが、こういう美しさを英語教材にも求めたいです。
また「文法は独立した時間を設けて教えるべきだ」と先生はお考えでしたが、その方向に時代は動くと信じています。

●「コミュニカティブ・グラマーへの道」

『英文法再発見(上/下)』の副題は「コミュニカティブ・グラマーへの道」ですが、先生は『英文法の基礎研究』で研究を進められました。私はこれを「話すための英文法」と解釈しています。

★ルターの考えるコミュニカティブ・グラマー

コミュニカティブ・グラマーの鍵は、動詞の使い方では「現在進行形で言う〈予定〉とI will doで言う〈その場の決意〉との使い分け」、名詞の使い方では「〈一般的な話題〉の【無冠詞】と〈具体的な話題〉の【a/an/some】の使い分け」だと考え、後者は先生のお力添えで(雑誌『新英語教育』2006年9~11月号連載「英文法ルターの提案」で結実しました。

★例文は「発話状況がわかる」「2文構成」で

「文法教材には超歴史的によいものと同時代的によいもの2種類ある」とおっしゃる先生が教えてくださったのは日常的な例文の選び方、文法練習問題の提示の仕方です。

例1)場面設定(ト書き)が付いている例文

The salesgirl: Yes. Madam, I’m quite sure you’ve made a very good choice. 
売り子:「ええ、奥様。お目が高いですわ。」

Le Dictionnatre de l’anglais contemporain, Larousse(ラルース 1980)p.100 choiceの項目

例2)生き生きした感情のあふれる例文

ルターさん
ルターさん

状況が浮かびます。

Ouch! It’s hot! I’ve burnt my fingers/tongue!
「あちっ! 熱い! 指を/舌をやけどしちゃった!」

Le Dictionnatre de l’anglais contemporain, Larousse(ラルース 1980)p.76 burnの項目

例3)2文構成:命令+気持ち、状況+意見など

日本語は話し手が「寒いね」と言うと、聞き手が「窓を閉めて欲しいのか」と、話し手の気持ちを察して広い行間を埋める「1文構成」ですが、英語は「寒い。窓閉めて」まで話し手が言ってしまう行間が狭「2文構成」のリズムです

Speak in a low voice; we don’t want to be overheard.
「低い声で話して。聞かれたくない」
Doesn’t she look cute in her new jeans! They’re fantastic.
「彼女、新しいジーンズ履いてカワイイじゃない! あれ、素敵ね」

Le Dictionnatre de l’anglais contemporain, Larousse(ラルース 1980)p.362 lowの項目 p.323 jeansの項目 

例4)フランスの辞書らしい「大人感覚」

ルターさん
ルターさん

カッコ内はルターのコメントです。

What! You’ve never heard of Churchill?
「なにっ! チャーチルを聞いたことがない?」
His politics are so filthy I wonder why anyone votes for him!
「彼の政治手腕は汚い、なんで投票するのかね!」(該当者多数?)
They’re striking for a 35-hour week.
週35時間労働を求めストライキしている。(権利意識!)
Claire loves her cat/her house more than her husband.  
クレールは夫よりもネコ/家を愛している。(さもありなん…)

Le Dictionnatre de l’anglais contemporain, Larousse(ラルース 1980)p.278 hearの項目 p.223 filthyの項目 p.292 hourの項目 p.362 loveの項目

以上はフランスのラルース社の英英辞書に先生が下線を付された例文を中心に紹介しました。先生は海外旅行の際には書店で教科書・教材を収集され、「子ども用の辞書や他言語話者のための英語辞典の用例がいいよ」とおっしゃっていました。私が憂うるのは電子辞書が普及したその裏で中立的で無味乾燥な例文が増殖したこと。有名な『新明解国語辞典』のように主観的記述を読んで「笑える」辞書が生きにくい時代です。私は先生がお好きだったロングマン英英https://www.ldoceonline.com/jp/)などから例文を今後も収集します。

●海外の教科書・教材の巧みさに学ぶ

大学でロシア語を専攻された先生はロシア英語教員向け雑誌『English』(8割が英語で書かれており私たちも読める)を購読され、開かれた視点をお持ちでした。リンク:https://1sept.ru/

★ロシアの教科書は提示が巧み

例)by+交通手段(9~10歳向け)
Some pupils go to school by bus.
Some pupils go to school by train.
Some go by car.
Some go on foot.
But no one goes by plane.

 ロシアの教科書『English Pupil’s Book 3』Prosveshcheniye 2004(www.prosv.ru)p. 19
ルターさん
ルターさん

最後「誰も学校に飛行機では通わない」というオチがあるところがロシアっぽい?!

★文法項目を2つに取り上げて「流れ」を作る

ルターさん
ルターさん

以下のような例を教科書に載せていきたいです。

例1)命令文から現在完了形へ流れを作る

オーストリアの教科書には「手を洗いなさい」→「手、洗ってある?」の練習題がある。
「母親が子どもたちに言う。その後で子どもたちに訊く」という発話状況を示す指示がついている。

【命令文】「手を洗いなさい」→【原料完了形】「手、洗ってある?」の練習題
Mother says to her children →Then she asked them:
Wash your hands! →Have you washed your hands?
Polish your shoes! →Have you polished your shoes?
Sweep your room! →Have you swept your room?

オーストリアの教科書 『英文法の基礎研究』(三友社出版)p. 311に掲載

例2)現在形から現在完了形へ

現在形から現在完了形へ。
同様に現在進行形から現在完了進行形もできます。このような提示を系統的に確立したいです。

【現在形】  Bill is sick.
【現在完了形】He has been sick for the last five days.

Murphy, R. (2002) Basic Grammar In Use, Cambridge, 2nd ed. p. 35

例3)音楽の転調に近い:現在完了形から過去形(+過去の時点)へ

マルチネ(A Practical English Grammar)の「新聞や放送では現在完了形が過去形の導入として使われる」(p.172)という一節を先生は引用されている(『英文法再発見(下)』p. 56)。
現在完了形が現在時制から過去時制の橋渡しになることは談話文法の観点からもっと意識されていいと思います。

★ロマンチシズムと「大人のセンス」を教科書に!

 ロシアの教科書『English 10-11』(www.prosv.ru)は厚さ(2センチ弱)もさることながら内容が濃い。
Unit 2では、2-1で英米の政治体制とロシアと比較、2-2でオーウェル『動物農場』の抜粋を読み、2-3で政治家の資質をA politician should be ambitious/power-loving/gifted.のような観点で考えさせ、 2-4で「法王は聖職者で政治家だ。ローマカトリック教会の首長でバチカン市国の長でもあるから」と書いた後、「多くの歴史家は戦時中に法王はホロコーストを止めようとしなかったと考えている」という新聞記事を読ませ、「聖職者は政治に関わるべきだと思いますか+理由」を最後に問うています。
政教分離という問題を英語で考えさせる…、こんな高度な教育をしているロシアの隣国「日本」(勝たなくてもいいから負けないで…)。愚民教育に荷担するかのような日本の教科書、変えましょう!
 30年下の私に助言のみならず貴重な研究書を下さった先生のお気持ちに応え、「センスのある大人になれる英語教育」を求め、「英文法の復権」を日本の英語教育の中で果たすことをここに私は誓います。

話すための英文法について

ルターさん
ルターさん

ブログ記事に書いてあった「話すための英文法」のことをご紹介します。

ブログ記事:2011/02/12 ルターの休日:今日も家にいます+英文法について
「話すための英文法」「読むための英文法」「書くための英文法」「聞くための英文法」の整備ができていないと思う。

「話すための英文法」
例1)「あなたの夢は?」「あなたの行きたいところは?」という練習で、
I’ll go to China.なんていうのが教科書に載っていそうだ。
「(じゃぁ)中国に行こうっと!」って、その場で決意するというのはどういうことなのでしょう。
あるいは、週末の予定を質問し合うのに、
I’ll play tennis. 「(じゃぁ)テニスしようっと!」というのがあったように思う。
I’m going to visit China next year.(来年、中国を訪問するつもりです)、
I’d like to go to China. (中国に行きたいです)、
予定ならI’m playing tennis this weekend.(週末、テニスするんだ)という現在進行形がふさわしい、
【予想】や【丁寧な予定確認】なら、
I’ll be staying in Osaka (きっと、大阪に滞在している)(大阪に滞在いたします)。
例2)Will you close the window?は「窓、閉めてくれる?(閉めてよ)」というくらいぞんざいなので、pleaseをつけたり、would youにしたりするのが良いと思うが、そういう注意書きがない。

例3)現在完了形は現在時制(説明文向き)のなかで「(今、すでに)~になっている」と説明するのに用いる。過去形は過去時制(物語文向き)のなかで「(いつどこでだれが)~した」と物語るのに用いる。ということで、中3で「時制は2つ」と解説しないとまずいのだが、
「時制は3つある(文科省も未来表現と言っているはず)」
「完了時制(時制 tenseではなく、相 aspectでしょう…)」と思っている方たちがいる。う~む。
「話すための英文法」という場合、I’ve got, She’s gotなどの練習も必要だが、そういう日本の教科書は見たことがない。

このような共通認識を持った上で教材が整備され、教員が作るプリントも整備されていくならいいのだが、今はそうはなっていない。変なプリントを使って活動して、それが定着して「良かった」って言えるのか? だから変に文法指導なんてしない方が良い。文法に熱心な教員の方がこれまた頑固で誤解していることが多い。亡くなられた黒川泰男先生がすばらしかったのはロシア語もお出来になったので、英語は先生にとって「一言語」に過ぎなかったから、私がお話しするとき、素直に聞いてくださった。私もフランス語が分かるようになってからは、変に力まなくなった。
声が大きくて元気の良いカリスマ性のある教員のみなさんが私の小さな声に耳を傾けてくださるといいのだが。私も今年は少し大きな声を出します。

コメント

タイトルとURLをコピーしました